監督ロバート・ゼメキス/製作ボブ・ゲイルによるQ&A
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 20thアニバーサリーBOXの特典ディスク及びBlu-ray BOXに収録されている『監督ロバート・ゼメキス/製作ボブ・ゲイルによるQ&A』(DVDのPART1音声解説も一緒ですが字幕は微妙に異なっています)。
 20thアニバーサリーBOXでは真っ黒な画面に音声と字幕だけ永遠と流れ、しかもチャプターがないというあまりにも特殊な特典映像で未見の人も多いはず。しかし、侮ることなかれ、やはりバック・トゥ・ザ・フューチャーを作った2人から話される言葉はどれも貴重な話ばかり。最初は辛いですが、ノッてくるとあっという間に聞き終わります。
 今回はなかなか見る気が起きない人のために新たにわかったBTTF裏話をいくつか載せてみました。このHPに載っていなくてもファンの間では有名な話はカットしてあります。ここに載せている以外にも製作裏話をありますし、監督を目指している人は非常にタメになる言葉がいくつも飛び出しています。ぜひ一度ご覧になってください。
 なお、Q&Aセッションという形式上、ストーリーを思い切り前後したり、PART2の場所でPART1,3の話をしていたりします。本来はそれらをきれいに分類すべきなのかもしれませんが、DVDに合わせるためそのまま掲載しています。また、DVDの話からさらに情報を加えたものもいくつかあります。

基本データ
場所:南カリフォルニア大学 司会:ローラン・ブーゼロー(DVD製作) ゲスト:ロバート・ゼメキス(監督)、ボブ・ゲイル(製作、脚本)

<PART1>   <PART2>   <PART3>



<PART1>

収録時間:約1時間40分

・買い手がつかず
 『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の脚本が完成した当初はどのスタジオも相手にしてくれなかったのは有名な話。あらゆる会社から製作者から40通以上も手紙がきて誰一人映画化したいと言わなかった。しかもわざわざ2度も断りの手紙をよこした会社もあったらしい。「こんな脚本は全然ダメだ」と。

・各キャラクターの名前の由来
 PART1の舞台は1955年。その年に製作されの翌年にアカデミー賞作品賞を受賞した「マーティ」は主人公の名前とはまったくの無関係。単に呼びやすさからマーティと名づけた。
 ビフ・タネンの名字は元ユニバーサル社長ネッド・タネンと同じ。彼は「抱きしめたい」と打ち合わせのときに『この映画は反ユダヤだ!』と脚本を床に投げつけて起こった人物。ちなみにボブ・ゲイルはユダヤ人。そんなタネン氏に敬意を表し名字を借りたそうだ。

・1955年の時代考証
 ゼメキスもゲイルも脚本時には1955年など昔の時代については調べなかった。逆に、撮影が始めると美術が調べてきてくれた1950年代のものから好きな物を選べたので非常に楽しかったとのこと。

・苦肉の策
 実は1955年という時代には多少問題があった。脚本を書いたのが1980年だったが撮影はその4年後。主人公と両親の年齢差が広がってしまったのだ。そこでマーティを3兄弟の末っ子とした。ロックンロールを誕生させるために1955年は譲れなかった。
 【管理人注】これが55年でのロレインの「マーティか。いい名前ね。」の発言で、なぜ長男つけなかったかの原因ではないかと思われる。

・最大の関門
 脚本を売り込む際の最大の関門だったのは“主人公の親子関係から近親相姦のにおいを取り払うこと”。数ヶ月かけて解決策を探したが、最初はどうすればいいか分からず途方に暮れていた。そこで大きな打開策となったのが「まるで弟とキスしてるみたい」というロレインの名台詞だ。この一言で全てが解決し作品が成功へとつながった。

・初期のクライマックス
 当初のタイムマシンは箱ような形であり、普段はドクの研究室にあって移動はトラックで行う。この時から核燃料で動く想定であり、ニューメキシコへ核実験に出かけるシーンがあった。50年代に強大なエネルギーを得るにはネバタの核実験場に行くしかなく、マーティたちはそこへ侵入し爆破をカウントダウン。ドクは離れた山でトランシーバーを使って指示。現代に戻ると爆心地で観客に囲まれ、カメラを向けられているというオチ。予算を200万ドル削れと要請されたので、別のクライマックスが考案されることとなった。ちなみに、核実験場で同様なことが起こるのかは初稿には具体的に記しているそうだ。

・ユニバーサル社長の3つの注文とタイトル変更
 ユニバーサル映画のシドニー・シェインバーグ社長(以下、シド)は、最初に企画書を見た時にこの作品の脚本に3つの注文をつけた。
 1つはドクの役名の変更。脚本の最初の段階ではドクはブラウン教授という役名だった。しかし、社長は“教授”というのに古臭さを感じてやめるように迫った。
 2つめはドクのペットをチンパンジーから犬に変更することだった。「チンパンジーの出る映画は売れない」と叫び、会議の席で強硬に「チンパンジー映画は赤字が出るという調査結果も出た。」とまで言い出した。そこでボブ・ゲイルはクリント・イーストウッドの『ダティー・ファイター』の成功をあげたら「あれはオラウータンだ!」と返したそうだ。
 3つめがマーティの母親の役名の変更。当初はメグだったが、それをロレインに変えるように指示された。偶然にも社長の奥さんと同じ名前だった。ちなみに、その奥さんはロレイン・ゲイリーという女優でスピルバーグ監督の『1941』や『ジョーズ』に出演している。
 それらを注文をつけて書き直された物語の方向性をシドは気に入っていたが、1つだけ気になる点があった。タイトルである。この要求に対しては頑なに拒否した。社長は「フューチャー」がつくタイトルはダメだといったが、妥協してペットや役名の注文は受け入れたがこれだけは変更しなかった。だが、社長は3つの注文が成功したことでタイトル変更に躍起になっていた。彼が思いついたタイトルは『冥王星から来た宇宙人(原題:Spaceman from Pluto)』。そのために「バルカン星からきた宇宙人だ」というセリフを冥王星に変更しろなどをメモで要求してきた。その様子から社長が本気になっていることがわかった二人は心配になってきた。映画会社のトップとむやみに争うと取り返しがつかない。幸いタイトルの変更を迫ったいるのは社長1人。そこでスピルバーグに「社長が本気でタイトルを変えようとしている。」と相談した。スピルバーグの答えは名案だったが一世一代の大バクチとなった。彼はメモに、ある返事を書いて社長に送った。
 「親愛なるシドへ。ユーモアあふれる提案をありがとう。最高のギャグだったよ。みんなで大笑いさせてもらった。」
 自尊心高い社長はそれきり黙ってしまった。
 【追加情報】しかし、彼は公開後にこんな発言している。「作品はヒットしたが、ゲイルには言ってやったんだ。あのタイトルならもっとヒットしたかもしれない。」

・ドクとマーティの出会い
 ロバート・ゼメキスとボブ・ゲイルはドクとマーティの出会いシーンを描く必要がないと考えていた。そうした経緯をすべて説明しては冗漫になる。だから2人は以前から親しいという事実だけ提示した。ちなみに、彼ら2人の関係のモデルになったのがTVドラマ『ビーバーちゃん』の主人公と消防士ガスの関係らしい。

・時速88マイル
 タイムスリップする速度である時速88マイル(140キロ)だが、の数字には特別意味がない。それよりもタイムマシンをどう造ったのかが問題だった。政府や大企業など様々な案が浮かんだがどれも却下。そこで「ガソリン1ガロンで320キロ走る車を発明した男」がいるという都市伝説を思い出した。そういうクレイジーな奴こそタイムマシンを作るのがふさわしい。それがドク・ブラウンの基となった。それはデロリアン全体の危険で手作りな感じがするデザインにも表れている。ちなみに、ゲイルはデロリアンの社長が逮捕されたことについて、「まさか麻薬容疑で逮捕されると思わなかった」と語っている。

・クリスピン・グローバーの苦悩
 ゲイルからテストの時から役にハマり生まれながらジョージ役と言わしめたクリスピン・グローバー。しかし、彼は役に集中し出すと一日中そのことだけしか考えられなくなってしまう俳優であり、その結果、様々な奇怪なアイデアを出してはゼメキスに拒否されていった。その中でも彼がもっとも悩んだのがラストに登場する別人のジョージだった。彼は衣装について独自の主張があった。「グレーのダボダボのバギーパンツとタンクトップにして、ヒスパニック風にすべきだ」。クリスピンにとって、ジョージが中流家庭の一般人という結末が受け入れられなかった。結局一度目は撮影を失敗して再撮影を行った。それでもクリスピンはさっき言った衣装を着てスタッフの間を回り賛同を得ようとした。ゼメキスは「神誓ってあのラストはクリスピンの妥協のたまものだ」と語っている。他にも学校で小説を書いているシーンでは髪を立たせたいと主張した。しかし、既に前後のシーンを撮っていたのでゼメキスがつっぱねた。彼は必死に「執筆中は髪が立つんだ」とか「マーロン・ブランドの演技も矛盾だらけだ」と主張をしたが、ゼメキスに「理解できない」と言われそのうちに諦めた。確かにそのシーンを見ると断られたショックからか、顔を真っ赤に蒸気させてるようにも見える。
 【追加情報】ロレイン役のリー・トンプソンは後にクリスピンについてこう語っている。「クリスピンはとっても素晴らしい人で、俳優の才能に満ち溢れていたわ。ただ少々エキセントリックな面があったの。彼は自分の役をとっても大切するタイプ。彼には俳優として譲れないものがあったから、簡単に次、次と切り替えて撮影することできず、何時間も悩んでることがあったわ。そんな風変わりなところをスタッフたちは我慢できなかったのよ。彼がこの製作チームにとってほんの少しばかり変わり者であったことが残念だったわ。クリスピンはある雰囲気の中では演じられないときもあったわ。でも彼は素晴らしい俳優だから、最後は役になりきることができたわ。そういうことは俳優に良くあることなので私は理解できるわ。でもそういう俳優と一緒に仕事するのはとても難しいっていうのも事実なの。」(20周年DVD-BOXのブックレット内のインタビューにて)
 【管理人】こう読むとクリスピンって現場の中で浮いた存在だったんですね。なんとなくゴネてPART2から出なかった気もわかるかも・・・。

・ドク役
 ドク役でゼメキスとゲイルが出した第一候補はジョン・リスゴー。しかし、都合がつかなかっため製作のニール・カントンが推薦したクリストファー・ロイドに白羽の矢が立った(実はカントンもジョン・リスゴーを候補にしていた)。面接の時にはロイドは座ったきり一言も喋らなかったが、その目を見て彼こそドクだと即決した。彼は撮影が始まってからもPART1の時は出番を待っている間もほとんどしゃべらなかった。いざ出番が来てゼメキスから、セリフの言い回しや動きの説明を受けてると彼はただこう言った。「…OK」。それでもカメラが回れば想像を超える素晴らしい演技を毎回違う形で披露してくれた。
【追加情報】また、ゼメキス「彼はリハーサルでエネルギーを使いたくないタイプの俳優でね、本番となるとまったく異なる演技をするので戸惑った。そこでPART2以降はリハーサルの段階からカメラを回すようにしていた」

・ビフ役
 ビフの手下の1人スキンヘッドを演じたJ・J・コーエン。実は彼がビフを演じる予定であった。抜群の演技を見せた彼だったがエリック・ストルツと並べると小柄にみえていじめっ子にどうしても見えなかった。そこで大柄な俳優としてトーマス・F・ウィルソンが起用された。もし、マイケルが最初から起用されていればビフ役はJ・J・コーエンのものだったかもしれない。

・リー・トンプソンの実力
 ゼメキスはロレイン役を演じたリー・トンプソンの大ファンとのこと。ゼメキス「リーはとても美しいし、毎回のただ演技するだけで完璧、時間は必ず守る、セリフは必ず覚えてくる。ただ、ひたすら素晴らしかった」
 この映画の成功の一つとして若い役者が中年を演じた事。スタジオの重役からは顔が似ている中年俳優に演技させるべきだと言われたが、納得させるためにメイクのケン・チェイスと共に何度もメイクテストを徹底的に行ったという。当時は特殊メイクで老けさせるのが浸透していなかった。特殊メイクや衣裳もそうだが、若い俳優達はその演技力で47歳だと信じさせることができると証明してみせた。

・タウンスクウェア
 時計台の広場は当初はぺタルマでロケする案もあった。『エクスプロラーズ』でジョー・ダンテが撮影した場所である。魅力的な場所ではあったが街全体も50年代に戻るのは大変すぎるということでユニバーサルの野外にセットを組むことになった。

・ラストシーン
 ラストのデロリアンが未来へ向かうシーンは『スター・ウォーズ』の宇宙船と同様にミニチュアによる合成。アームに載せモーション・コントロール・カメラで撮影した。ごく初歩的な合成技術を使った。
 また、特殊効果を担当したILMからの合成を確認出来たのは試写の1週間前だった。初めての仕事相手で、正直不安だったとゲイルは語っている。しかし、その出来映えは見事だった。

・失敗
 マーティの存在が消えかかり手が透明になっていくシーンだけは合成が失敗したとゼメキスは語った。無論、映画を楽しむレベルではまったく問題はないが。
【追加情報】当初の予定ではマーティの手の中央に穴が空き、それが徐々に広がっていく予定だった。しかし、時間が足らなかったため出来上がったのは穴の輪郭がはっきりして手の撃ち抜かれたようになっていた。結局手が透ける合成で落ち着いたのだが、よく見ると中指の真ん中から小指にかけて円ができているのがわかる。

・撮り直しによる苦労と利点
 いくつかのシーンはエリックの撮影時とまったく同じカメラ位置で撮影をした。何度撮り直しても「あれがよかったのでは?」と悩む事もあるが、撮り直しの利点はいらない物がわかっていること。また、ゼメキス達が「前回はこう撮ったなぁ…」と何度も相談していると、マイケルから「そんなバカな!初めて見るよ!」と言われた事があるらしい。

・奇跡
 マーティが初めて1955年の時計台の広場に訪れるシーンの撮影で見事な入道雲が現れた。当時ゼメキスは「なんて幸運だろう」と感動したらしい。

・公開日短縮
 当初は5月公開予定だったPART1だが、主役の交代によって8月中旬に変更となった。しかし、試写会で当時ユニバーサル史上最高と言われる程、観客の反応がよかったためシェインバーグ社長が心変わりし「どうすれば(独立記念日)7月4日間に合うのか?」と2人に尋ねた。だが、社長の喜びとは裏腹にゼメキスとゲイルの心は晴れなかった。かつて「ユーズド・カー」「1941」も試写会の反応はよかったからだ。それでも2人は公開を早めるためには追加予算が必要だと説明すると、彼から「いくらかかってもいい」とGOサインが出たため、7月3日の公開に間に合うように急いだ。その時から音声スタッフは24時間労働を強いられるなど異常な状況になってしまった。音響が整ったのは最初の一般試写の24時間前だった。

・スピルバーグの口出し
 製作総指揮を務めたスティーブン・スピルバーグはゼメキス監督に対して無用な口出しはしなかった。ただ一点彼が心配したのは音楽だった。『ロマンシング・ストーン』の際のアラン・シルベストリの音楽を聞いて彼はそれをはっきり公言するぐらい嫌っていた。ジョン・ウィリアムズのような音楽が必要だと考えていた。しかし、試写会でアラン・シルベストリの音楽を聞くと「こういう音楽が欲しかったんだ」と答え、ゼメキスは「アランの曲だ」と返してみせた。

・公開時期のマイケル
 学校の外でダンス・パーティーのシーンを撮影していると「マイケルだ!」と、どこからともなく女性や子供達が一気に集まってきたらしい。それを見てゲイルはマイケルの人気ぶりと作品の成功を感じ始めた。見事にドラマとの掛け持ちで映画の撮影をやり遂げたマイケルだったが、公開時期はドラマの撮影のため1シーズンの間ヨーロッパに行っており映画の宣伝などにまったく参加もできず、映画の売れ行きも常に電話で尋ねていた。それにシェインバーグ社長は激怒してたらしい。主役がいないとは何事だ!」
【追加情報】映画の売れ行きの気にしていたマイケルだが、エージェントから「世界一のヒットだ!」「歴史に残るぞ!」と言われても「へぇ、良かったね」と実はピンときてなかった(エージェントのお世辞と思ったんでしょうね)。帰国後にそのヒット振りに驚いたとのこと。

・観客の反応
 映画の公開時に観客達はマーティが現代に戻って家族と会話をしているシーンをラストと勘違いして席を立つものもいた。しかし、映画がまだ続くと知り慌てて戻っていたらしい。
 ちなみに、ゲイルは当時『マッドマックス/サンダードーム』(85年7月10日公開)と公開時期が重なり、売り上げで負けると予想したが大勝ちして興奮した。

・歌へのこだわり
 この作品で最も権利料が高かった曲が『ジョニー・B・グッド』である。ゼメキスとゲイルはこの曲だけは絶対に外せないと考えていた。【追加情報】しかし、1番多くお金を払うことになってもチャック・ベリー本人から許諾をもらえたのは本当にギリギリ。なんと撮影当日のまさに撮影が始まる数時間前だったという。
 そして、もう一つ。主題歌を採用したのは10代の若者を呼び込むため。ちなみに、ヒューイ・ルイスを推薦したのは他でもないアラン・シルベストリだったとか。しかし、最初に出来た曲は2人は不満であった。そこでドクの研究室でマーティが吹っ飛ばされるシーンを見せると、ヒューイは二人が求めている明るい曲がつかめて『パワー・オブ・ラブ』が生まれたのだ。映画公開2週間前になるとラジオで『パワー・オブ・ラブ』の人気が出始めた。そこでユニバーサルは曲名を映画のタイトルと一緒にするように要請したがヒューイ・ルイスは屈しなかった。そこで曲を流すと同時に映画のタイトルを必ず言うようにラジオ局に要請した。

・編集の裏話
 公開前に削除されたシーンはゲイルが覚えているだけで「ダース・ベイダー(ロングバージョン)」と「未来のドクの手荷物」と「ジョージが電話ボックスに閉じ込められる」シーンの3つ。
 さらにゼメキスは編集の際に映画全体の尺を短くすることに頭が一杯になりあの「ジョニー・B・グッド」のシーンを削除しようとした。あのシーンで映画のテンポが止まるというのが原因で、削除したフィルムを見ても悪くなかったそうだ。しかし、編集担当者が「試写会まで残しては?」という言葉で思いとどまり、そこでの観客の反応で目が覚めたとか。【管理人】本当に削除されなくて良かった!

・ミスター・フュージョン
 公開してからしばらくたって当時画期的だったリサイクル燃料「ミスター・フュージョン」を開発したという科学者がいたらしい。もちろん4,5ヵ月後にはデマだとわかった。
 それと国防総省から「リサイクル燃料について何を知っているか教えろ」と手紙が来たらしい。

・タイアップの面倒さ
 商品を出すと時代を描きやすいので、50年代と80年代でロゴが変わった商品を登場させていった。そんな中現れたのが会社に新たに出来たタイアップ部門。彼らはカリフォルニア・レーズン協会とのタイアップをとってきた。そしてレーズンを出そうと提案してきた。しかし、持ってきたものは商品名もなく見た目はただのレーズン。ゼメキスたちが「ボール一杯のレーズンで見せるのは?」と提案しても「泥みたいじゃないか」と返す始末。なんとかゼメキスたちがやったことはマーティが85年に帰った時にいる浮浪者(レッド)の寝るベンチに名前を入れることだった。だが協会はこれに激怒。しかもタイアップ部門の彼らは、ゼメキスの知らない所で既に協会から5万ドルを受け取っていたため訴えると脅された。結局、5万ドルは返金となった。ゼメキスが得た教訓は、商品を出すなら許可だけ貰えばいい。金をもらうと映画作りに余計な口を出す人を増やすだけ。

・ファイナルカット
 この作品の編集にあたり映画会社からなんのクレームもつかなかった。そのためディレクターズ・カットや特別編は存在しない。またDVD化するにあたり修正したいところもないという。彼らにとってはみっともないことだと。この作品は1985年の当時のありのままの姿が一番いい。あの当時にできたものが完璧。よってDVDではラストに"TO BE CONTINUED(次回作へ続く)"の文字がない。


<PART2>
収録時間:約55分

・PART2製作への経緯
 PART1の大ヒットを受けて、ユニバーサル側は続編を作る気が満々だった。そこで二人はある条件を出した。「マイケル・J・フォックスとクリストファー・ロイドが出演するなら引き受ける」。スタジオ側は早速契約し、PART2製作がスタートした。
 二人は続編を作るにあたり、観客がPART1の登場人物を多く見たいだろうと思った。そのため主演の二人以外にも続編への出演依頼をだし、リー・トンプソン、トーマス・F・ウィルソンの二人も快諾した。
 ちなみに、ユニバーサルのシド・シェインバーグ社長だけはPART2製作開始直後からPART3製作までも意識してたそうだ。もちろんこの時はPART3など誰も考えてはいなかった。

・ジョージ役クリスピン・グローバーの降板の理由
 しかし、クリスピン・グローバーの場合は少し違った。いくつかの条件を出したが、その中に彼は主演のマイケル・J・フォックスと同等、いやそれ以上の契約条件を求めた。ボブ・ゲイルはエージェントに「バカげているよ。もう一度彼と話してくれ。2週間で返事がなければ、クリスピンなしで続編を作るから」と申し出ると音沙汰なし。結局、PART2でジョージ・マクフライの名は墓石に刻まれた。
 やはりクリスピンなしにジョージ役を描くのは困難だった。未来でもジョージが死んでいることにしようとしたが観客が嫌がると思い却下。そこでジョージを逆さにすることにした。理由は3つはある。1つに面白いから。2つに代わりの役者でメイクすれば観客はわからない。3つに、万が一彼が来ても逆さにするつもりだった。
 ゼメキスはクリスピンがいないのは残念だったが、結果的には彼がいなくてもうまくいったと語っている。

・PART1のラストシーン
 周知通りPART1の時点は続編を作る気がなくラストシーンは単なるジョークだった。続編を作りやすい終わり方だと思われるのが実際には難航していた。PART1ではジェニファーの存在自体が薄く、マーティの子供たちは存在しておらず必要な人物ではなかった。なにより過去を変えるのが魅力だった前作だったの対し、未来は何も描かれていない。悩んだ末にPART2本題までの導入部として未来を話を作ることに決まった。
 さらに、ジェニファーまでもがデロリアンに乗り込んでいるのは悩みだった。車に乗っているのがマーティとドクだけだったらもっと前作とつじつまの合うの物語が作りやすかっただろうとボル・ゲイルは語っている。

・脚本話
 PART2の第1稿では未来も行かず1960年代がメインだった。西部劇へ行く予定もなく、PART1とほぼ同じ流れだった。
 いざ、未来のシーンを撮ることになったがゼメキスは未来を予測する映画が嫌いだった。未来など予測することはできないためだ。そこで未来をシーンは撮るだけとってその後は過去に戻ることに決めた。そして予測不可能な分、考えられるだけのジョークを盛り込んで単純に笑える未来を作ることにした。
 PART2初期のストーリーは1960年代にタイムスリップ予定だった。前半の展開部分は今と同じで、未来のビフが55年ではなく1967年のビフにスポーツ年間を渡し、マーティが阻止する展開だった。ちなみに、両親は出てこない予定だったらしい(管理人注:ジョージは大学教授、ロレインはヒッピーでベトナム戦争反対派という設定もあったらしい)。60年代をやめた理由は、特に興味深いものではなく効果がなかったため。それに相当奇妙な話になっていたらしい。なによりPART1と展開が一緒だった。そこでゼメキスがPART1(1955年)に戻ろうと思いつき、PART2道筋が決まった。
 ちなみに、マーティたちが先史時代に行く噂があったらしいが考えたことは一度もないという。【管理人注】偶然にも「ザ・ライド」では先史時代に行くことになった。

・PART1の本当に初期のストーリー
 PART1の話になるのだが、当初考えていたストーリーは未来の世界を変えるという話だった。誰かが核融合の技術を持って1950年代へ行き、未来を変えて1980年代に戻ってくる。すると、戻ってきた80年代が50年代に予測された未来の世界そのものになっているというお話。結局、その話をやめて登場人物の周りだけが変わっていく話に変えていった。

・PART2に入れたPART1
 1955年というPART1の世界に戻るという話が決まって、どのシーンを取り入れるかで、ゼメキスはすぐに思い浮かんだ。一番重要なシーン、すなわちジョージがビフを殴って歴史を変えるところ。そしてそれを見逃したマーティに目撃させることにした。
 また、ゼメキスはジョニー・B・グッドのシーンを始め学校のシーンは完璧に再現しようと決めた。そのため前回と同じロケ地を使い、改装が行われたところは新たにスタジオにセットを作るなどして再現していった。さらに、同じ画面に同一役者が映るシーン以外は、PART1の映像を使わずにすべて新たに撮影した(クリスピンは除く)。

・PART3製作の道
 PART2の脚本は第12か15稿くらいまで書かれたところでスタジオに提出。その脚本のラストが最終的にPART3のラストを飾っている。ゼメキスとゲイルはまずスタジオに出向き3時間の大作を作りたいと伝えた。未来から55年そして西部へと、2つの続編のすべてが170ページにわたりその脚本につまっていた。
 そして幾度となく対立してきたユニバーサル社長シドとのご対面のときがきた。脚本を見せると「そんな金のかかる映画は作る気がない」と一蹴。そこで考え直すことにした。なにより西部時代からは新たな登場人物が多数登場してとても時間が足らない。そこでゲイルはさらに脚本を書き上げると脚本は220ページにもなった。西部から登場する人物を書き込んでいく内に2本分の映画になると気づいた。
 そして、シドに電話で良いニュースと悪いニュースの二つを伝えた。悪いニュースは89年夏公開を予定していたPART2がゼメキスが撮っていた別の作品が延びたせいで製作が遅れること。良いニュースは、それでもPART2は89年のクリスマス前には公開できること、さらに90年夏にはPART3が公開できることだった。するとシドはあきれてこう言った。「PART3の話は聞きたくない。それよりPART2を早く見せろ」。
 その後、220ページの脚本を160ページまで縮めて、再度シドに見せると脚本を投げ捨て言い放った。「こんな金のかかる映画はもう作らん!」。しかし、彼が数年後に作った映画は『ウォーターワールド』(『ファイナルファンタジー』が出るまでハリウッドNo.1の赤字作品)。
 こうして続編の予算がつけられたがそれがひどい金額だった。途方にくれるまでの予算だったらしい。プロデューサーとして予算を調査した結果、この予算で続編2本を作ることをシドに伝えた。「1本に6500万ドル費やすのを我慢する代わりに、1本3500万ドルで2本作る(計7000万ドル)」と。するとシドが怒ったのでゲイルは言った。「予算を見てくれ。1本あたりたった3500万ドルだぞ」。彼は承諾した。そのときシドは同時に2本の映画を作ることに「最悪のアイデアなのか最高のアイデアなのかわからん」と述べている。
【追加情報】その西部へ行く前に1920年代に行く案もあったという。ゼメキスとゲイルが考えたのは、今度はドクの過去を振り返るということ1920年代に戻り、ドクと母親が密造酒を作るタネン一族と戦うというストーリー。そう、ゲーム版のあらすじにそっくり!

・腰抜けという弱点ができた理由
 PART1で変化を遂げたのはジョージだったが、続編を作る過程でマーティが成長していく必要があった。そこで「腰抜け(チキン)」に過剰反応してしてしまう弱点を与えた。さらに、PART2の未来のマーティは、前作では非の打ち所がない完璧な好青年であったマーティの将来を、彼が思い描いているとは正反対になってしまう未来にした。
【追加情報】ゲイルは音声解説で「もし、元々PART2を考えいたら最初から腰抜けの設定を入れていただろう」とも語っています。

・バック・トゥ・ザ・フューチャーPART4
 PART4製作の可能性があったかというに対してゼメキスは「3という数字が大きな意味をもつ。三部作というのがとても重要で三位一体がいい。3作で終わるのがいいんだ」と答えている。

・本当のPART2
 ゲイルはもし、PART2の製作が決まっていたら、PART1ラストシーンではジェニファーを眠らせてずっとそのまましていただろうと冗談めかしく言っている。もし、PART1のラストが違っていたら?クリスピンがいたら?…答えは出ない。ただ二人は目の前の現実を対処しなければならなかった。仮定の話だから答えは永遠に出ない。元々あそこはジョークだったため何でもアリ。「子供たちが危ない」も、ジェニファーも一緒に乗り込んだのもすべてはジョークのつもりだった。

・新しい撮影方法
 『ロジャー・ラビット』を経て、ゼメキスはILMに頼んで新しい撮影方法をPART2で行うことにした。まず一つ目が初期デジタル合成。ホバーボードのシーンでは、カメラの後ろに竿がありそれを役者の体にくくり付けて宙に浮かせていた。後にコンピュータで竿から出ている紐を消した。二つ目がビスタグライド・システムと呼ばれるカメラ。コンピュータで完全制御され自由自在に動かせるカメラによって同じ画面に一人二役の役者を共演させることに成功した。
 しかし、これらの新しい撮影方法でゲイルは気づいた。「新しいおもちゃは試したくなるものだけどストーリーに関係なければ意味がない。ただ見せたいだけではダメだとね。そして、マイケルが3役やろうが、1人ではなく3人の俳優が演じていると考えなければならない」

・地震の恐怖
 未来のマーティ家でピザを食べるシーンでそれは起こった。わずか90秒の1カットのシーンだったのだが、マイケルが3役をこなすことによって撮影は2,3日に渡る長期の撮影となっていた。マイケルがメイクチェンジをしてる間も含めて、その間に小道具は一切動かしてはならない。ゲイルが地震の恐怖を感じていたが、実際に地震が起こってしまった。幸いにも揺れを少なく小道具類は動かずに済んだ。スタッフの一人は心臓麻痺になりかけていたらしい。

・それでもよかったこと
 ゲイルは試すだけはダメだと気づいたビスタグライド・システムだが、ビフと老ビフが車で会話してるシーンはうまくいったと考えている。観客は見事に驚いたを見て「成功だ!」だと感じ取ったそうだ。ちなみに、スポーツ年間を投げるところはコンピュータで計算された動きらしい。他にはカフェ80'sでマーティがマーティJrから帽子をもらうシーンも気に入ってるそうだ。帽子とそれを取る腕の境目がわからないようにできたのがよかったとのこと。

・マイケル3役の理由
 マイケルがPART2で複数を役をこなした理由はただそれが面白いからだったそう。そしてマリーン役もマイケルにしようと提案したのはゲイルらしい。

・2作同時進行の苦労
 ゼメキスが最もPART2で残念だったのは録音の場面に1度も立ち会えなかったこと。ちょうどそのときにPART3を撮影しており、編集は空き地に止めていたトレーラーのなかで行っていた。アランが録音を行っていた場所は遠かったために一度も顔を出せなかったそう。
 ゼメキスは「とても時間が足らないから同時進行なんてやるもんじゃない」と語っている。さらに、PART2の仕上げのときもPART3の撮影が重なっていた。ゼメキスはまず17時までPART3の撮影を行うと、すぐさま車と飛行機を使ってスタジオに飛んだ。ゲイルと晩飯を食べたあとその日の音響効果を夜中までチェックした。やっとホテルに入って寝ても、5時には起きて6時半にはPART3の撮影に行っていた。これが3週間も続いた(管理人:まるでPART1のマイケルみたい)
 ゼメキス「今見ても思う。もっと落ち着いた環境でPART2の編集を行っていたら、緊張感があってさらに完成された作品にできていたよ」。とはいえ彼はBlu-ray時のインタビューでPART2が1番好きとも語っている。「映画監督で僕だけじゃないかな。前作の場所に再び訪れるという楽しみを体験できたのは。非常にファンタスティックな経験だった。」

・公開当時
 PART2が完成したときスタジオ側からは前作より難しいタイムトラベルの話だったことに批判はなかった。それよりもやっと完成したことを喜んでいたそう。
 PART2公開当時、他社の映画会社は同じ週末に映画を公開しなかった。今見るとそうでもないが、当時では驚異的な週末の興行を記録した。しかし、観客はPART2を見てガッカリしたそう。無理もない。観客は大きな期待に持って映画館に来るがその期待に応えることはなかなか難しいことなのだから。
【追加情報】またゲイルはPART2当時の宣伝のされ方も気に入っていなかった。「私の考えでは、PART3につながる2作目だとわかるよう宣伝すべきと思っていた。待ちに待った続編が完結していないなんて、観客としては納得いかないだろう」。しかし、ユニバーサルはそれでも完結編と謳ってと宣伝を行った。結果、観客はラストにがっかりして興行収入は伸び悩んだ。

・当時できなかったこと
 CG技術などなかった当時にできなかったことがあるかという問いに、ゼメキス「ノー」と答えた。なぜならILMは自分達の要求に応えてくれたから。今ならCGできることもしれないが当時でやれる方法でそれらを実現していったとのこと。

・時計台の移り変わり
 PART2ではまったく雰囲気の異なる時計台が顔を出した(2015年、1985年A、1955年)。これらを効率よく撮るためにゲイルとPART2から参加した美術のリック・カーターは55年の時計台では一つの通りしか撮影しないことに決めた。確かによく見ると55年では稲妻作戦で使用した道路しか使われていない。そのカメラの裏では85年Aの犯罪都市が建設中だった。そして55年、85年Aと撮り終えると街を完全に入れ替えて2015年の町並みを作り出した。

・予想外過ぎるハプニング
 PART3撮影当時、突然マイケルのエージェントからCMの撮影のために3日間休みをくれと言われたらしい。結局、主役抜きでその間は撮影を行ったものの、ゼメキスは打ち合わせなしで行ったマイケルのエージェントに対してはもの凄く腹が立ったそう。

・2015年の製作の道
 ジョークのある未来を見せることに決めた二人。その中で『ジョーズ19』というギャグをやった理由は、まずあそこに代々映画館があったこと、そして、PART2という続編に出てくる映画だから続編をジョークをすることに決めたから。
 他にも未来のことに関することに話は尽きなかった。衣装、美術、小道具の人々ともアイデアを議論した。実用性があるものも考えたが、他にも未来っぽくてガラクタに見えるものというコンセプトで考えたものもある。その中でもゼメキスはネクタイを2本つけてるのがお気に入りだそう。またクリストファーがズボンを裏返して着るというのを思いついたが、わかりにくいので却下。マーティはポケットを外に垂らすのみになった(【管理人注:】マーティJrは裏返してる)

・PART1の広告
 PART1時にゲイルと話していた、ある広告担当の男性はひどく必死な人だった。ある時にゲイルが「ここにATMを置こう」というと、彼は実際に銀行で使うATMと勘違いした。すると、トラックで本物のATMが運び込まれ、技術者たちでセットし始めた。電話回線までひこうとしたらしい。そこでゲイルが「置くだけでいい」というと不思議そうにしていた。どうやら彼らには「ダミー」という言葉がなかったらしい。
【管理人注】その銀行とは「バンク・オブ・アメリカ(Bank of America)」。マーティが1985年に帰ってきて時計の時間を確認するシーンで登場している。

・PART2の広告
 PART2ではピザハットと契約を結んだが、彼らは莫大な広告費を与える代わりに、絶対に公開日が遅れることを許さないために大変だったそうだ。もし、遅れれば宣伝で費やした損失に対して訴訟まで起こしていたらしい。
 ちなみに2015年でピザを食べるシーンでは、ピザハットがわざわざ自社製品のペパロニをはじめ食材、冷蔵庫やオーブンなどのキッチン用品、フードスタイリスト3人を現場に送り込んできた。そしてピザをわざとらしいぐらい何時間をかけて作っていた。失敗したピザをみんなで食べたりしたが、撮影用のピザは一向にもらえなかったそう。

・役者の苦労
 マイケルは最初の3ヶ月は『ファミリータイズ』の撮影があったためまたも夜に撮影していた。さらに今回は何時間も特殊メイクために座っていなければならなかった。もちろんこれは他の役者も同じで、ビフ役のトーマスは朝の3時に入って特殊メイクをして18時間撮影を行ったことあり、ロレイン役のリーも敏感肌のため特殊メイクには苦労した。撮影が終わった後も大変で、本当はすぐにでもメイクを取りたいのだがそれは肌を傷つけるので、剥がすときも溶剤で1時間掛けて剥がさなければならなかった。
【追加情報】PART1撮影時に夜からマイケルのシーンを撮影する大変さを学び、4年後のPART2撮影には絶対に2度とならないようにと誓ったにも関わらず同じ状態になってしまった。さすがにスタッフから文句言われたという。「金曜の夜中2、3時に仕事なんて気が狂ってる」


<PART3>
収録時間:約30分

・西部劇
 ゼメキスはPART3を西部劇を主な舞台にした理由について、役者を馬に乗せる危険性以外は西部劇は楽しく憧れがあったので、自然に浮かんだと語っている。
 ちなみに、ゲイルはPART3の撮影がシリーズで1番楽しかったそう。スタジオから遠く離れた絶景が広がるロケ地で、みんなでカウボーイハットを被っていると現実から切り離された理想の西部劇の光景が広がっていたから。

・PART2の撮影期間
 ゼメキスの記憶では、PART2の撮影期間は104日間かかったらしい。それから1週間の休みを挟んでPART3の撮影が開始された。

・PART3の撮影スタイル
 西部劇の町並みを丸ごと建設されたセットだが、当然、道は砂利道で車が走行できなかった。そこで3キロ程離れた木々の間にベースキャンプを組み、機材やスタッフはゴルフカートで現場まで運搬していた。
 撮影中は常に静寂に包まれた。なぜなら西部の町では耳障りな発電機の音も機械から出る雑音も聞こえない。加えて何一つ大きな音が出る物すら存在していかったからだ。おかげで嫌な音で悩まされることなく撮影は進んでいった。
【追加情報】ただ、撮影が秋から冬にかけてだったため実際はものすごく寒く、特に55年ドクがマーティを1885年送るドライブシアターのシーンは気温マイナス8度だったという。映画で見ると、よく晴れた暖かい日に見えるが、ゼメキスが「カット!」と言った瞬間、エスキモー服を着込んだスタッフたちが、俳優にローブを着せていた。

・西部劇をやるにあたって・・・
 ゲイルは西部劇を舞台にするなら、当然ヒル・バレーの起源をやるべきだろうと考えていた。未来の世界で重要な存在になっている時計台の起源も見せるべきだと。
 そこで美術のリック・カーターは、後で予算が足りなくならないように、町の建物をいくつかを未完成で建てることで予算を節約することを思いついた。その結果、未完成の時計台が生まれた。

・ロケ地
 ロケ地がソノーラに選ばれた理由は、アメリカ西部で唯一、原寸サイズで走行可能な蒸気機関車が保存されていた場所だったから。ちなみに、機関車の名前は『ジェームズタウン1900』。
 土地の所有者はセットを建設を許可する条件として、撮影終了後に全セットをそのまま明け渡すことを要求した。そこで時計台以外のセットを明け渡した結果、様々な作品のロケ地で使われていたそうだ。しかし、残念なことに1995年か96年に落雷による火事によって消失してしまった。

・時計台
 現在、ユニバーサル・スタジオに存在する時計台は復元したもので、実際に撮影で使われたものは警備員の放火によって燃えてしまった。さらに、PART3で作った未完成の時計台も火事によってなくなってしまった。この2つの火事をきっかけに、ゼメキスは神からのお告げを感じ「PART4は作らない」と決心したそう。

・乗馬
 ゼメキスが心配でしょうがなかったシーンとして、「テキサス・スイッチ」と呼ばれる撮影方法で行われたマーティが馬に乗って機関車と併走するシーンをあげている。マイケル本人に全速力で馬を走らせたこと、さらに機関車と馬がどうすればうまく並ぶことができるのかと悩んだそうだ。
 あるシーンでは、先頭の馬は機関車とヒモでつなげて、後続の馬にそれを追いかけさせたりした。
 ちなみに、ビュフォード役のトーマスの乗馬のシーンでは、実際の馬でなくハシゴの上に鞍を付けて撮影を行ったりもした。

・クライマックスシーン
 物語のクライマックスである機関車がデロリアンを押すシーンでは、メカニカル効果を担当したマイケル・ランティエリにとって気がかりな点が多かった。特に不安だったのは、線路に乗っているデロリアンのタイヤが外れて機関車が車に追いつきペシャンコにするのではないかと。そのため衝突しないための装置を開発した。
 だが、それでも主演のマイケルを乗せた状態で機関車が押すのは危険が大きい。しかも、車から身を乗り出しドクへホバーボードを渡すシーンまである。そこでそのシーンは逆回転で撮影した。機関車が後進していれば、車が故障しても機関車と衝突することもない。あのシーンでのマイケルは逆回しで演技していたのだ。

・クレジット
 クレジットにマイケル・ジャクソンの名前があるのは、『ビリー・ジーン』を使わせてもらったから。
 他にも『タイム・マシン』の著者H・G・ウェルズのひ孫サイモン・ウェルズに感謝の意を表した理由は、彼がストーリーボードを書く達人で実際に絵を描いてもらったため。蒸気機関車の場面は全て書いてくれたそうだ。ただ、組合員ではなかったために正式にクレジットすることはできなかった。ちなみに、彼は『ロジャー・ラビット』のアニメーターでもある。

・こやし
 ビュフォードが突っ込んだこやしは、実際は馬のエサである「アルファルファ」が使われている。こやしそっくりだっため、それを濡らしてヌルヌルした質感を与えた。
 ちなみに、こやしに突っ込むシーンは3部作全て1テイクのみしか撮影していない。役者を何度もこやしへ突っ込ませるのは失礼だと考えたから。

・マーティがビュフォードにぶつける物の初期案
 マーティが酒場でビュフォードに脅されて踊るシーンは最終的にタン壷を浴びせるが、PART3の初稿段階の案ではマーティが靴についた馬フンをビュフォードに飛ばしてしまう設定だった。
 しかし、馬に囲まれて育ったスタント・コーディネーターのウォルトが「カウボーイは馬フンがついても怒らない。そんなのは日常茶飯事だ」と言ってきた。ゼメキスたちには思いもしなかったが、代わりにウォルトが出してきたタン壷を浴びせるアイデアを採用した。

・PART3でのデロリアン
 PART2、3続編を製作するあたって、スタジオが国中のデロリアンを買い集めて6台手に入れ、それぞれに違った改造を施した。
 PART3で1台には巨大なタイヤを付けて、ポルシェで使われているエンジンスーパー・チャージ・エンジンを搭載した。これはPART1で得た教訓。エンジンはなるべくポルシェのエンジンを使うべきだと。6台のうち2台を機関車の車輪に連結した。
 ちなみに、撮影で使われた線路は当時、実際に鉄道会社が使用していたものだったため朝晩2回ほど運行していた。そこでフォークリフトを用意して、機関車が来る時間になるとリフトで車を線路から下ろしていた。
 デロリアンの移動にも気を配った。移動は人目につかないようトレーラーで運搬していた。さもなくば人々がセットに殺到して撮影がバレてしまうからだ。
 列車で破壊したデロリアンは1台だけ。観客の意表をついて驚かすのが好きなゼメキスにとってもデロリアンを破壊するとは我ながら大胆だったなと語っている。
 メカニカル効果のランティエリが行ったデロリアンの破壊の仕方はゼメキスもお気に入り。車の破壊には仕掛けがある。実際の衝突なら車はただ線路外に押し出されるだけ。そこで車体に切り込みを入れて、濡れた砂とダイナマイトを仕込んでおく。後ろのバンパーに起爆装置をつけ、列車が衝突すると濡れた砂が飛び散り車が爆発するというわけ。映像をスローで見れば、ダイナマイトが爆発する光が見える。
 爆発を行うに当たって専門家に「脱線しないようにするにはどうしたらいいか」と相談した。すると彼は笑ってこう言った「そうはさせませんよ」。
 ちなみに、列車に爆破される前に、線路を走るデロリアンのミニチュアはゼメキスが今でも持っている。

・シリーズの統一性の作り方
 ゲイルにとって続編を作るにはあたって大事なのはシリーズを通しての統一感や一貫性だと答えている。そのためレンズはPART1と同じものを使用し、キチンと映像スタイルを踏襲した。

・PART3でのリー・トンプソン
 PART3でロレイン役リー・トンプソンが出る必然性があったかと問われたゲイルは「彼女抜きでは考えられない」と必ず答えているという。何らかの形で登場してもらわなけらばと考えていた。そして、シェイマスの妻マギー・マクフライとした出演を合理的に説明するならば、マクフライ家の男性は遺伝的にリー・トンプソンのような女性がタイプだったと語っている。
 それに3部作通しておなじみのシーンである「別の時代についたマーティが母親と勘違いして起こされるシーン」を行うにあたっても彼女なしの出演は考えられなかった。

・クララ役
 クララ役のメアリー・スティーンバーゲンの出演については即決だった。ドクの恋の相手役には彼女なしでは考えられなかった。彼女には独特の魅力と愛らしさ、それに快活さがある。クララの候補は彼女だけだったので断られない様にスタッフ一同が祈っていたという。
 当初、メアリーは出演をためらっていた。しかし、彼女の子供たちから「出るべきだよ!」という後押しで出演を決めて、撮影に入ると出演できて光栄に思うようになっていた。 【追加情報】とはいえ、当のメアリー本人は「断る気なんかなかった」とBlu-ray時のインタビューで語っている。

・マーティ、馬に引きずられる
 今作ではビュフォードによって馬に引きずられるシーンがあるマーティだが、クローズアップショットでは実際にマイケル本人が演じた。
 そのシーンの撮影では逸話がある。『ロジャー・ラビット』で似たような引きずるシーンはゴーカートにボブ・ホフキンズを乗せて、後でアニメに仕上げた。その時と同じスタントマンを起用し、同じゴーカートも用意した。今回はカートにカメラを乗せて、ヒモでマイケルとカートをつなぎ、低いアングルでマイケルを撮ろうとした。しかし、カートで撮影しようとするとスタントマンから「馬の方がいい」と反論された。彼の意見に従ってマイケルと馬につなげて、ハーネス(手綱やハミなど馬具の一種)をつけて引きずった。実際に撮影している見ると馬の方が速度を上げたり、下げたりする反応が素早かったため、効率よく撮影でき、車を使うより安全だった。ゼメキスにとっても馬の方が車より扱いやすりのは意外だった。

・ZZ TOPの起用経緯
 公開当時の80年代後半〜90年代前半のZZ TOPはトップスターだったが、起用経緯は単純にオファーしてOKをもらっただけ。
 彼らは2日間ほど撮影に参加し、地元のミュージシャンとジャム・セッションした。撮影の合間にも絶えず音楽が鳴り響かせてくれたそうだ。しかし、ゲイルにとってマネージャーが面倒な存在だった。ZZ TOP本人達は前作2作を鑑賞済みだったが、マネージャー本人が見ていなかった。彼が監督と面倒を起こさないように、何とか現場から遠ざけるように苦心したとのこと。ちなみに、彼はゲイルに対して5時間もの間、ZZ TOPが彼ら仕様のタイムマシンで登場させる案を採用する迫るなどの奇行を行っていた。

・続編でのスティーブン・スピルバーグの関わり
 スティーブン・スピルバーグはPART2、3の製作に対しては実際にはそんなに深く関わっていない。ちょうど『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』の撮影中の頃で現場には訪ねて来なかったそうだ(正確には2人とも来たかどうか覚えていない)。逆にジョージ・ルーカスは訪ねてきてくれたそう。

・ドクとクララのラブストーリー
 ドクのラブストーリーは描くことは製作当初から考えていた。それは物語が終わるに従って、ドクとマーティの性格が互いに変わるようにしたかったからだ。マーティがドクに対して理性的な助言をして、ドクは自分の感情に素直に従い行動するというわけ。

・バック・トゥ・ザ・フューチャー・ザ・ライド
 ユニバーサル・スタジオのアトラクション『バック・トゥ・ザ・フューチャー・ザ・ライド』の製作に2人は関わっていない。だが、2人は「最高だ」「面白い」と最大級の賛辞を贈っている。
 ちなみに、デロリアンに乗る前の説明映像はペイトン・リードが手がけた。彼はPART2、3のメイキング映像の製作に携わった人物。

・PART4を別スタッフが製作?
 ゼメキスとゲイルを抜き、無断でスタジオ側が勝手に続編を作る可能性があるかという問いに対して、ゼメキスは「脚本家教会が保護してくれるはず。あのキャラクターは僕らのものだ。」と語っている。
 しかし、「登場人物が変われば製作されてしまうかもしれないね」とも。万一、製作が決まっても彼らは参加しない。マイケル・J・フォックス抜きの続編など見たくないからだ。

・3部作のラストシーン
 PART3ラストシーンでドクが再登場するシーンは、PART1のラストのようにキレイに締めくくりたかったから。ドクの恋愛の結末も見届けられる最高の結末だと語っている。

・アニメ版バック・トゥ・ザ・フューチャー
 アメリカで放送されていたアニメ版のバック・トゥ・ザ・フューチャーにはゲイルが製作総指揮として参加しており、かなり細かい点まで監修したそうだ。

・2人のバック・トゥ・ザ・フューチャーに対する思い出
 最後に「2人のこの作品に対する思い出は?」という質問に対して。
 ゼメキス「観客がお金を払って、この映画を見てくれるのを実際に目にしたのは最高の経験だった。特に公開直後に見てもらえたのが感激だったよ。もう一つは、PART1の脚本はこれまでボブと僕が書き上げた中で最高の出来だった。とても誇りに思っている。」
 ゲイル「1番の思い出はPART3完成後に3部作がまとめて公開されたこと。立て続けに3作品連続にだ。このシリーズを愛する観客が画面に見入る姿に感激した。成功を実感したし、3部作通しての相乗効果を生んだと感じたし、細部までにこだわって作ったが、その苦労が報われた。シリーズから始め通して見て、よりそれを感じて欲しい。」