ポスターデザインの変遷

映画ポスター界の巨匠ドリュー・ストルーザンが描き上げたBTTFのポスターを解説。
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・PART1 

 『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の撮影が最終段階に行く頃、ユニバーサルのマーケティング部は映画を象徴するポスターデザインに取り掛かろうとしていた。そこでスピルバーグの推薦を受けて依頼されたのがドリュー・ストルーザン。この時、既に『スター・ウォーズ』、『インディ・ジョーンズ』、『E.T.』などを手がけて映画ポスターの巨匠となっていた。ストルーザンはアンブリンの会議室で初めてゼメキスと会って時のことをよく覚えている。震え上がるほどの業界の大物という感じの男という印象だったゼメキスはストルーザンを見た途端、飛び上がってこう言った。「ついにやった !あなたに依頼できるようないい作品できて嬉しい」

 ゼメキス、ゲイル、スピルバーグとの仕事が始まると、彼らはいくつかの場面写真と共に映画の雰囲気や魅力を伝えてくれたが、ポスターに特定のアイデアがあるわけではなかった。この時点でストルーザンは、脚本も映画も見ることもできなかった。唯一の具体的なアイデアはスピルバーグがあげた1960年代に日本でも放送されていた《テレビドラマ『パパ大好き!(My Three Sons)』のオープニングで3人が足で映るカートゥーンの感じがいい》だけだった。そこで出来上がったデザインがこちら。ストルーザンは両サイドにいる両親には50年台の靴を履かせ、マーティだけ現代的な80年代を靴を履かせて上に両足が消えるようにデザインした。
 これ以外にもストルーザンは8〜10種類をも白黒の下絵が書き上げた。気になったものをカラーにする予定だったが、彼らは結局すべてを気に入ったためストルーザンはほとんどの下絵をカラーにしていった。白黒の下絵の中でも、"時計の上に立っている男"と"懐中時計に座っている男"は、マイケル・J・フォックスではなくストルーザンだ。この頃、わざわざポスターデザインのためにマイケル本人で撮影などできるはずもなく、彼は自分でポーズを撮って写真を撮り、それを元に描いていた。特に懐中時計に座っているデザインは、"懐中時計ではなく未来の時計のデザインでは?" ”時計の蓋に両親を映っていたら?” ”いや、両親ではなくデロリアンを映そう”など、かなり試行錯誤をしたが、結局採用されることはなかった。なかなかデザインは決まらなかったが、それでもストルーザンは彼らの望んでいることがわからないようなデザイン地獄に陥っていたわけではなく、自身の実力を信頼・尊重してもらいながら自由にデザインできて楽しかったと語っている。


様々なデザインが考え出された。下段が懐中時計がデザイン。上下段ともに左のモデルはドリュー・ストルーザン本人

参考画像。ストルーザンが渡された絵がこれかは不明。

  ストルーザンが描いたデザインがどれも採用されない中、最終的にユニバーサルから「もう1つ別のアイデアがある」と提案された。それが片足をデロリアンに入れているマーティだった。ユニバーサルが言うには「別のアーティストが描いたもので、アイデアはいいんだけど、絵が使いものにならないんだ」と。これはゼメキス、ゲイル、スピルバーグも気に入り、ストルーザンは自分なりの解釈で作業に取り掛かった。ちなみに、元となったデザインを誰が描いたのかストルーザンは現在でも知らないそうです(なので先にあげた画像はあくまでも参考画像。これをストルーザンが渡されたか不明)。
 ストルーザンは最終版を作るにあたって、マイケル・J・フォックスが実際にポーズを撮っている参考写真を希望した。ところが、ストルーザンの知らないうちにユニバーサルは勝手にマイケルで既に参考となる写真を撮っていた。これがひどい出来で、マイケルらしさもなく、ポーズも妙な決めポーズだったという。「その人は僕に何も言わずにフォトセッションを指揮したんだ。彼が写真をくれたんだが、ひどいものだったよ。僕の趣味じゃなかったし、やりたいことじゃなかった。だから家に帰って、いつものやり方でやったんだ」。いつものようにジーンズとテニスシューズを履いて、自宅であのポーズを撮って妻に撮影してもらった。この時ストルーザンは下絵なしで1発で描き上げることができたという。完成したポスターを見て、マイケルの首から下はドリュー・ストルーザン本人がモデルとは誰も気付かなかったであろう。
  「安上がりで実用的、わずらわしさもないし、手早く済む。私の責任は仕事をやり遂げること。その過程について、スタジオは知らないし、気にもしないのだから」 

 ちなみに、日本版のPART1ポスターでは、オリジナルにはないデロリアンのヘッドライトが追加されている。管理人の推測だが「元のデザインだと車に見えなくない?」という当時の日本の宣伝部の判断で独自に追加されたのではないかと思う。Xで当時の広報を担当された方にも伺いましたが、覚えていないとのことでした(残念)。よく見ると車の向きや合成の具合とかいろいろ気になってしまうのだが。


・PART2 

続編でもありとあらゆるデザインが作られた。

 現在から見るとPART2のポスターデザインは、これしかないという正統なる続編のポスターという感じがしますが、実はこのデザインに行き着くまでには予想以上の時間がかかった。ストルーザンの言葉を借りよう。「実は、僕は約35枚もの絵を描き、思いつく限りのPART2のコンセプトを追求したんだ。描き尽くしたところで、最終的に出た結論は"私たちにはすべきことがあった。誰もが最初のデザインを愛していた−なぜそれを繰り返さないのか?"」
 ストルーザンが描いたPART2のボツデザインを並べてみましたが、こうして見ると一貫性を持たせるよりも、続編だから「今度は未来だ!」だとか「物語はスケールアップ!」みたいなバージョンアップを求めていたのではないかと思えてきます。勝手な想像ではありますが、下にある完成版に近いデザインの白黒の下絵を見ると、マイケルがドク側に顔を向けており「ちょっと手を加えて進化させなきゃ」みたいな言葉は悪いですが余計なことをして悩んでいる姿が浮かびます。他にも、空飛びデロリアンに乗ったPART2マーティがPART1マーティとすれ違うのはPART2らしくて個人的には好きですが、完成版のシンプルさと比べるとあまりにもこねくり回したデザインにも感じます。ストルーザンご自身のXアカウントでは本人がモデルとなったボツデザインも公開されていており、彼の普段の仕事の仕方が垣間見ることができます。一方で、ユニバーサルはストルーザンが悩んでいる間に宣伝活動をバンバン始めており、ポスターが完成するまではPART1のポスターを代用していた。

 そして、最終的なデザインでPART2のポスターを描こうとした時に、ストルーザンは長いキャリアで初めての経験をする。 俳優自身がモデルとなって、彼が望むポスター用ポーズを撮ることができたのだ。通常の映画の場合、ポスターなどの広告は映画の最後の工程で行われるため、ストルーザンなどが作業をする頃には俳優たちは別の撮影に行き、見た目も異なっていることがほとんどでポスター用に写真を撮ることは難しかった。ところが、今回はPART2の撮影終了後にそのままPART3の撮影が行われていたため実現した。
 ストルーザンはPART3の撮影が行われていたソノーラとジェームズ・タウンへ出向き、撮影を見学。その日の終わりに、マイケル・J・フォックスとクリストファー・ロイドはPART2の衣装へと着替え、ストルーザンは前作と違って今回は自分のやり方で、様々な組み合わせのポーズを数百枚も撮影することができた。ストルーザンはモデルとなって喜んでポーズを撮ってくれた2人の心意気に深く感動したという。
 この撮影時にちょっとしたハプニングが起きる。ストルーザンとカメラマンが夢中になってポーズを指示していると、マイケルが突然ポーズを撮るのをやめて両手をあげて大声で叫んだ。「全部止めて!」 その場は凍りつき、ストルーザンは俳優を怒らせてしまったと冷や汗をかいた。マイケルはゆっくりとストルーザンの元へ歩み寄った。「あなたは…あの…ドリュー?」  ストルーザンは何が起きたわからないまま「ええ、そうですよ」と答えると…「あなたの大ファンなんだ!」とマイケルは大喜び。PART1のポスターを描いたのも彼だと知っていたが、まさか砂漠のど真ん中にストルーザンが現れるとはマイケルには夢にも思わなかったからだ。

  ちなみに、PART2の完成版のポスターは一旦仕上がった後に、ストルーザンが背景に未来のヒル・バレーの街並みを追加したらしい。ところが、スタジオから「街を消してくれ」と言われて削除。スタジオとしてこの方がPART1のデザインに似てくるためだった(そのデザインもいつか見たい!)。 


・PART3

3作目ということで、マーティの西部劇衣装や3人目(?)の候補は様々に描かれた。

 ここまで来たら、さすがにPART3のポスターデザインは簡単にいくと思いきや、そうはいかなかった。ストルーザンはPART3でも俳優たち自身にポーズをとってもらう機会に恵まれた(こちらの写真は未だに出回ってない。衣装が完成版と違うためでしょうか)。今度はPART3の撮影中だったユニバーサルのスタジオ内で行われ、マイケルはストルーザンと彼の作品について少し話す時間を持てたそうです。この撮影にはマイケルとクリストファーの2人だけでクララ役のメアリー・スーティンバーゲンは参加していない。
 基本的なデザインはこれまでと統一で決まってるのものの、PART3でマーティとドクの後に追加するものは?それが何かわからず、ストルーザンは悩み、馬やデロリアン、蒸気機関車に、クララなどを描いてみた。だが、スタジオはどれもダメと言ってきた。個人的には西部劇が舞台だからって馬を描くというのはぶっ飛んでるように思う。
 ゼメキスとゲイルはじっくり検討した上で、完成版を2パターン提案してきた。1つ目は<昼バージョン>と呼ばれるデザインで、マーティはクリント・イーストウッド風の衣装に後ろには機関車が見える。2つ目は<夜バージョン>で、こちらのマーティは55年ドクが着せたエセ西部劇のピンクのシャツを着ている。2つのデザインを見た彼らはこう言った。「夜バージョンがいい。でもシャツはクリントの方」。ストルーザンは急いで夜バージョンでマーティを描き直すことになった。

左が<昼>、右が<夜>バージョン。

 こうしてPART3のポスターは完成。いよいよ印刷という時に、ユニバーサルから電話がかかった。「ところで、クララ役のメアリー・スーティンバーゲンを追加してくれないか?そうすれば3部作でポスターも3人。ちょうどいいじゃないか!」ストルーザンは彼らは時間に追われている中で、やっと正しい判断をしたと評価したが、今更かいとガッカリもした証言している。その日のうちにクララを追加しなければならず、ポスター全体の作り直すには時間がなさすぎた。そのため彼は別でクララを書き上げると、それを切り抜いてドクの後ろに貼り付けた。ストルーザンは、今見てもこの小細工はわからないのが自慢だ。
 3部作のポスターを描き上げたストルーザンはこう語っている。「ポスターは永遠に残る。寝室、寮の部屋、リビングルームを彩り、コレクターもいる。ポスターは映画を制作した人々、彼らが作った作品と示すものだと思って描いている。今時のプロデューサーは、映画を見る気のないひとをその気にさせるのが仕事だと思っている。そのためにはポスターや広告で映画を偽ることさえする。すっかり変わってしまった。壁の向こう側にいた私は「バック・トゥ・ザ・フューチャーPART3」で映画制作のど真ん中に着地した。それは最高の意味での真の共同作業だった。私のポスターの中でも最高の作品を描くことができた。」